【CITY POP】山下達郎を知る上で重要ないくつかのインタビュー

【CITY POP】山下達郎を知る上で重要ないくつかのインタビュー
2020年2月19日

こんにちはヒデです。ご覧いただきありがとうございます。

海外で大きな支持を集める日本発の音楽ムーブメントであるシティポップ。
その最重要人物と言える山下達郎さんを深く知るための重要なインタビューを集めました。

若い!ソロ活動を始めたばかりの山下達郎。才気溢れるインタビュー

©︎ 新宿 LOFT

1976年 1st ソロアルバム『CIRCUS TOWN』を発表した時の超貴重なインタビュー。ニューヨークとロスアンゼルスで行われたレコーディングについて語っている。

ーーカレロのアレンジは、自分のイメージに合ってました?
山下:合ってた。細かい事言えばきりないけど、曲もカレロに合わせて書いたからね。カレロが面白い事言ってたんだよ。君はニューヨークの感じじゃない、シカゴとかデトロイトの感じだって。だからそういう風にやったっていうわけ。
出典 : アーカイブス vol.5『山下達郎』|新宿LOFT

パートナー竹内まりやからの視点

©︎Yahoo!ニュース

「CITYPOP QUEEN」としてこちらも海外から熱く再評価を受けるシンガーソングライターの竹内まりや。パートナーの山下達郎との生活を語る。

「この人はいいな」と思ったのは、結婚前、一緒に住み始めたとき。私がひどい風邪をひいて寝込んだときに、達郎が枕元で「ひとつちょっとバカバカしいお話を……」なんて、突然落語を始めたんですよ。「湯屋番」という演目。「これはいいや。この人といたら一生退屈しないな」って思ったんです(笑)。
出典 : 結婚、育児が竹内まりやを育てた――「親友」山下達郎と二人三脚で歩んだ40年 – Yahoo!ニュース

デビュー当時を知るプロデューサー小杉理宇造氏の視点

©︎ Musicman

チャーリー・カレロと山下達郎を引き合わせた小杉理宇造氏。この人の生き様自体がすごい面白い。黎明期だった当時の日本のミュージックビジネスの貴重なインタビュー。

ニューヨークレコーディングをやりたいから、そのお膳立てをしてくれたらやってもいいって事になったんですよ。それから自分のフェイバリットプロデューサーは、チャーリー・カレロで、ベーシストはウィル・リーで、ギターは誰、サックスは誰、ドラムは、と全部指定するんです。
出典 : 第28回 小杉 理宇造 氏 | Musicman

シュガーベイブ時代からの盟友大貫妙子さんの視点

©︎ Red Bull Music Academy

山下達郎の原点シュガーベイブは当時のミュージックシーンでは異質で不遇の時代だったそうです。ちょっと意外ですね。

シュガー・ベイブのライブを観た評論家からの評価も低いことが多く、あの頃はいつも傷ついていました。バンマスだった山下くんは、きっと特に。1970年代初頭は、わたしたちのようなバンドが少なかったんです。ブルーズロックやハードロックが全盛期でした。わたしたちはポップバンドだったので、受けなかったんです。軟弱バンドだと。
出典 : 大貫妙子:長い旅

日本ポップス史の重要人物長門芳郎氏の視点

©︎ encore

シュガーベイブのマネージャーや渋谷系ミュージシャンの聖地パイドパイパーハウスの店主を務めた長門芳郎氏のインタビュー。いろいろ繋がっているんだなーと感じました。

「自主制作盤の『Add Some~』で、彼の歌声を聴いてぶっ飛びましたから。こんな歌を歌うやつがいるんだと。山下くんの家に行ったとき、オリジナルのカセットも聴かせてもらったんですけど、これがまた、良いんですよね」。
出典 : シュガー・ベイブとその時代の物語 | USENのオウンドメディア「encore(アンコール)」 | encoremode |